イグザレルトAG発売による市場影響と売上予測
日本におけるAG市場の動向と浸透率
日本のジェネリック医薬品市場は政策的な推進によって数量ベース80%超の浸透率を達成しています。この中で、**オーソライズド・ジェネリック(AG)**はメーカー公認の後発品として信頼性が高く評価され、2023年時点でジェネリック市場の約24.4%を占めるまで拡大しています。特に近年、国内で相次いだ一部後発品メーカーの品質問題による供給不安を背景に、品質・安定供給面で安心感のあるAGが存在感を増しています。実際、発売済みのAG製品では後発品内シェアが50〜90%に達する例も多く(モンテルカストで60%、モメタゾン点鼻薬で84%など)、AGは同成分のジェネリック市場を席巻する傾向があります。こうした状況から、日本全体でAGの数とシェアは今後も拡大が予想されます。
イグザレルト先発品の市場規模と売上推移
抗凝固薬イグザレルト(一般名リバーロキサバン)は2012年4月にバイエル薬品から発売され、日本でDOAC市場を開拓・拡大してきた製品です。発売当初は非弁膜症性心房細動(NVAF)患者の脳卒中予防や、整形外科手術後の血栓予防など新しい適応で急速に普及し、売上高は2014年度に約391億円、2015年度には約516億円に達しました。この時期イグザレルトはDOAC市場シェアトップであり、市場拡大を牽引しました。
その後、2014年発売の第一三共「リクシアナ」(エドキサバン)や2013年発売のBMS/ファイザー「エリキュース」(アピキサバン)と競合が増える中でも、イグザレルトは適応拡大を重ねて市場地位を維持しました。2018年度時点では国内売上高が約694億円(リクシアナ)に達するなどDOAC市場全体が拡大し、イグザレルトも依然主要製品でしたが、リクシアナの追い上げで相対的なシェアは低下しました。2022年頃にはリクシアナが国内DOAC売上シェア約41.4%でトップとなり、イグザレルトは2番手の位置づけとなっています。それでもイグザレルトの市場規模は非常に大きく、2023年4〜6月期の売上約205億円は国内全医薬品でトップ10に入る水準でした。ジェネリック参入直前の2023年時点で、イグザレルト先発品の年間売上規模は約750~800億円程度と推定され、DOAC市場の中核を占めています。
DOAC市場におけるイグザレルトの位置づけ
DOAC(直接経口抗凝固薬)は2011年のプラザキサ(ダビガトラン)発売以降、従来のワルファリンに代わり急速に普及しました。日本では2011〜2014年にプラザキサ、リクシアナ、イグザレルト、エリキュースの4剤が相次いで登場し、心房細動患者の脳卒中予防や静脈血栓塞栓症(VTE)の治療に広く使用されています。
2014年度の時点では、処方金額シェアはイグザレルトが44%でトップ、次いでプラザキサ34%、エリキュース21%、リクシアナ1%(適応追加の遅れによる)という状況でした。その後リクシアナは適応拡大に伴い急成長し、2016年度には売上約250億円(前年比+92.6%)を記録、2018年には国内売上694億円に達しています。この結果、2020年代前半にはリクシアナが国内DOACでシェア首位となり、イグザレルトはエリキュースとともにこれを追う構図になっています(世界市場ではエリキュースが首位)。それでもイグザレルトはDOAC市場全体の30%前後を占める主要製品であり、NVAFやVTE治療の標準薬の一つです。ワルファリンは価格の安さから一定の処方が残っていますが、現在ではDOAC4剤(特にリクシアナとイグザレルト)が抗凝固療法の中心となっています。
ジェネリック参入と競合各社の動向
イグザレルトは発売から10年以上が経過し、2024年に日本で特許満了を迎えて後発医薬品が参入しました。2024年12月の薬価追補収載において、イグザレルトは初めて後発品が収載される対象となり、合計7社(18品目)のジェネリック医薬品が一斉に市場参入しています。参入企業には、オーソライズド版を製造する**バイエルライフサイエンス(AG)**のほか、国内大手ジェネリックメーカーが名を連ねました。具体的な後発品承認企業は以下のとおりです:
これら6社+AGにより複数規格の錠剤とOD錠が供給され、主要ジェネリックメーカーがほぼ出揃った形です。特にAG製品「リバーロキサバン『バイエル』」は先発と同一の原薬・添加物・製法で製造されており、品質は先発品と同等です。一方、**適応症については"虫食い"**が生じています。先発イグザレルトは小児用を含む5つの適応(心房細動の脳卒中予防、VTE治療・再発予防、整形外科術後予防など)を持ちますが、後発品(AG含む)は主要な2適応(非弁膜症性心房細動の脳卒中・全身性塞栓症予防、VTE治療・再発抑制)のみで承認されました。このため、小児適応や整形外科術後の予防目的では引き続き先発品が必要となり、メーカー側も残る適応に関しては先発イグザレルトを継続提供していく方針です。
競合他社の動向としては、特許継続中の他のDOAC(リクシアナ、エリキュース等)は引き続き先発品のみの販売です。今後、価格差が生じることで処方パターンの変化も予想されます。例えば、コスト重視の現場では**「効果が同等なら安価なリバーロキサバン系後発品を優先する」動きが出る可能性があります。一方で、ジェネリックへの切替えを嫌う一部医師や患者は、この機に他の先発DOAC(リクシアナやエリキュース)へ変更する選択肢も考えられます。特に第一三共は自社のリクシアナが市場トップシェア製品であり、イグザレルトAG発売によって自社製品同士(リクシアナ先発 vs リバーロキサバンAG)でシェアを取り合う構図**にもなります。この点について第一三共は明言していませんが、結果として「先発志向の処方はリクシアナ、費用重視ならイグザレルトAG」と両面で市場を押さえる戦略とも読み取れます。さらに、バイエル薬品にとってもAG供給によりジェネリック市場から一定の売上を得られるため、競合各社の思惑が重なった提携といえます。
第一三共エスファのAG販売戦略と流通網
イグザレルトのAG製品を販売する第一三共エスファは、第一三共グループのジェネリック専業会社であり、過去から積極的にAG事業を展開してきました。2024年時点で19成分のAGを扱い、自社先発品のみならず他社(外資含む)の特許切れ品も幅広く取り込んでいます。第一三共エスファが今回採った戦略のポイントは以下の通りです:
なお、イグザレルトAGの薬価は他のジェネリックと同一に設定されており、**先発品の旧薬価から新薬創出加算分を控除した50%**にあたります。通常錠とOD錠は剤形区分が異なるため参入品目数による調整はなく、主要後発各社は横並びの薬価です。エスファは品質面で差別化しつつも、価格競争にも応じていく姿勢と考えられます。
医療機関・薬局・保険者による採用見通し
医療機関(病院・診療所)では、公費負担医療の下で薬剤費抑制が求められているため、イグザレルトのジェネリック採用は進みやすいと考えられます。特にDPC病院など包括払いの場では、コスト半減となる後発品への切替えメリットが大きいため、院内採用薬を先発からAGに置き換えるケースが増えるでしょう。実績として、2023年12月に初後発品が出た糖尿病薬エクア(ビルダグリプチン)では発売初月でジェネリックが34%のシェアを獲得した例があります。イグザレルトでも発売後数ヶ月で処方数の過半がジェネリックに置き換わる可能性が高く、特にAGは「事実上先発と同じ薬」と説明できるため医師の抵抗感も小さいと予想されます。
薬局(調剤薬局)でも、後発品への置換えが原則として推奨されます。処方せんに「変更不可」の指示がない限り、調剤時に先発→ジェネリックへの変更調剤が可能です。患者にとって自己負担割合の低減につながるため、多くの場合ジェネリックへの変更は受け入れられるでしょう。また薬剤師も、抗凝固薬のような重要管理薬でもAGなら品質・実績面で安心と考える傾向があります。第一三共エスファの調査では、薬剤師のAG認知度は非常に高く多くが積極採用に前向きとの結果が出ています(同社HPのAGアンケートより)。したがって、調剤現場ではAGが優先的に在庫される可能性が高く、同成分の複数メーカー品がある場合でも「まずAGを使用し、在庫不足時に他社品を補完」という形が想定されます。もっとも、一部大手調剤チェーンでは独自の採用品目リストで特定メーカー品に絞る動きもあるため、各ジェネリック企業は安定供給や価格で信頼を競うことになります。
保険者・制度面では、国が示す後発品使用促進策(数量シェア80%目標達成後も継続)や、2022年以降導入された長期収載品(先発品)への選定療養などの施策が追い風です。選定療養制度により、後発品がある先発薬をあえて希望する患者には追加の自己負担が発生し得るため、患者側からジェネリックを求める動機が強まります。また診療報酬上も、後発品体制加算などジェネリック使用率に応じた加点・減算があるため、医療機関や薬局はジェネリック採用率向上に努めるインセンティブがあります。総合的に見て、イグザレルト後発品は非常に採用されやすい環境にあり、NVAFやVTEの標準治療薬として短期間で浸透する見通しです。
ただし注意点として、イグザレルト先発品でしか適応のない小児領域や術後短期予防目的では引き続き先発品が使われ続けます。また、重症患者であえて先発品継続を希望するケースや、DOAC間での処方切替え(例:エリキュースからイグザレルトAGへの変更、あるいはその逆)がどの程度起こるかも不確定要素です。とはいえ、厚労省・保険者の方針は明確に「後発品優先」であり、市場全体としてはジェネリック(特にAG)へのシフトが不可避と考えられます。
今後3年間の売上・数量予測(イグザレルト先発 vs AG)
以上を踏まえ、イグザレルト先発品とジェネリック(AG含む)の売上・数量シェアが今後どのように推移するかを試算しました。以下の表は、2025年(発売初年度)から3年間程度の**年間売上高(薬価ベース、億円)と数量シェア(処方量ベース)**の予測です。なお、あくまで前提条件に基づく推計値であり、実際の市場動向により変動します。
売上高予測(億円)と数量シェア(%)の推計:
年度 | 先発イグザレルト売上(億円) | AG売上(億円) | その他ジェネリック売上(億円) | 先発品数量シェア | ジェネリック数量シェア(うちAG) |
---|---|---|---|---|---|
2024 (参考) | 約800 | – | – | 100% | 0% (–) |
2025 | 300 | 200 | 150 | 30% | 70% (約40%がAG) |
2026 | 100 | 250 | 150 | 10~15% | 85–90% (約50%がAG) |
2027 | 50 | 200 | 200 | <10% | ≈95% (約45%がAG) |
初年度(2025年)は、先発品から後発品への置換えが徐々に進むものの一部では先発品も残存し、年間売上ベースで先発:約300億円、ジェネリック計:約350億円(うちAG ~200億円)程度になると見込まれます。数量ベースではジェネリックが年末時点で60〜70%程度まで浸透し、そのうちAGが半数超を占める展開を予想しています。
翌2026年には、多くの患者がジェネリックに切替わり数量ベース80〜90%超が後発品になる一方、先発品は適応上必要な場合などわずかに残る程度でしょう。ジェネリックの中では競合他社品もシェアを伸ばし、AGが握るシェアはやや低下すると想定しています(それでもAGが後発品の約50%を維持)。売上高では、ジェネリックへの置換と薬価半減の影響で市場全体の金額規模は大きく縮小します。試算では2026年のリバーロキサバン製剤市場は**約500億円(ジェネリック計約400億、先発100億)**と、ジェネリック上市前から約▲35~40%減少する見通しです。
さらに3年目(2027年)になると、イグザレルト先発品の売上はごく僅少となり、多くの患者がジェネリックに移行した新常態が確立していると考えられます。ジェネリック全体では数量シェア95%前後に達し、市場金額も約450億円程度まで縮小する可能性があります。これはジェネリック普及による薬価ベースの市場縮小効果を反映したもので、市場規模はピーク時の半分近くにまで落ち込む計算です。一方で患者数・処方量自体はむしろ増加または維持される見込みです。価格低下により経済的負担が軽減することで、これまでDOAC使用を控えてワルファリンで様子を見ていた患者がDOACに切り替わるケースや、治療継続率の向上によって実使用量が増えることも考えられます(数量ベースでは横ばい〜微増)。したがって医療上の需給は満たしつつ、費用が大幅削減されるというのがジェネリック普及後3年間の効果になるでしょう。
以上より、バイエル薬品と第一三共エスファが提携したイグザレルトのAG発売は、日本のDOAC市場に大きな転換点をもたらすと考えられます。短期的には先発メーカーの売上減少は避けられないものの、第一三共エスファを通じて一定のシェアをAGで確保することでバイエル側も市場からの撤退を防ぎ、医療経済的にも薬剤費の抑制に寄与します。医療現場ではジェネリックへの移行がスムーズに進み、治療継続性や患者負担軽減のメリットが享受されるでしょう。当面、リクシアナやエリキュースといった競合先発品との市場競争は**「価格のイグザレルトAG vs 実績の先発他剤」という構図になりますが、最終的にはエビデンスと費用対効果を踏まえて使い分けが進むと予想されます。今回のイグザレルトAGの動向は、今後控える他のブロックバスターDOAC(エリキュース等)の特許切れに向けた市場の予行演習**とも位置付けられ、業界内でも注目されるところです。