日本の電子書籍業界におけるIP発掘とメディア展開の動向
電子書籍業界の構造とバリューチェーン
日本の電子書籍業界は、伝統的な出版からデジタル配信まで多様なプレイヤーが関与するバリューチェーン(価値連鎖)を形成しています。従来の紙の出版では、作家→出版社→印刷会社→取次会社→書店という流れが一般的でした。出版社が作家を発掘し企画・編集した作品を印刷・流通させる構造です。一方、電子書籍の登場によりこの流れに変化が生じ、印刷所や紙の取次を介さずに電子専門の取次会社や電子書籍ストア・アプリが流通を担うようになりました。つまり、電子書籍では出版社とデジタル配信プラットフォーム(例えばKindleストアやコミックアプリ)の間に**デジタル取次(配信事業者)**が入り、作品をオンライン上で読者に届ける仕組みです。また電子では再販売価格維持制度(出版社が価格を固定する制度)が適用されないため、期間限定セールやクーポンなど柔軟な価格設定も可能です。
このバリューチェーンにおける**IP(知的財産)**の流れは以下のように整理できます。
以上のように、デジタル時代の出版産業では原作の発掘から多媒体展開まで一連のバリューチェーンが形成されており、各段階に多くの企業が関わっています。
IP発掘とメディアミックス展開のトレンド
現在、日本の電子書籍業界で特に顕著なのが、ウェブ発の原作IPを他媒体へ展開するメディアミックス戦略です。インターネット上には数多くの小説・漫画が投稿されており、その中から人気を博した「当たり作品」を出版社などが見出し、書籍化・映像化する流れが定着しています。この現象はユーザー投稿小説サイト「小説家になろう」発の作品群で顕著であり、いわゆる「なろう系」と呼ばれるライトノベルが続々とアニメ化されています。実際、2024年1月時点で「小説家になろう」掲載作品のアニメ化数は累計100作品を超えたと報じられており、この数年でアニメ化ラッシュが加速しています。異世界転生ものを中心に、『無職転生』『転生したらスライムだった件』『Re:ゼロから始める異世界生活』など、ネット発の小説がテレビアニメ化され国内外でヒットするケースが相次いでいます。
また、ウェブ漫画やSNS発のIPも見逃せません。PixivやTwitter上で話題になった個人作成の漫画が出版社によって電子書籍化・単行本化され、アニメや実写ドラマになる例も増えています。例えば、Pixiv発の恋愛漫画『ヲタクに恋は難しい』は一迅社が書籍化しアニメ化・実写映画化されました。同じくWeb発の『極主夫道』(おおのこうすけ作)は新潮社で書籍化後、Netflixにてアニメ化・読売テレビ系で実写ドラマ化されています。このように玉石混交の作家群から生まれたヒットIPが次々とマルチ展開される状況に業界全体の注目が集まっています。
特筆すべきは、IPの海外展開が戦略の重要事項となっている点です。日本発の人気コンテンツは海外でもファンを獲得しやすく、アニメ配信や英語翻訳版によってグローバル展開されています。出版社各社は自社コンテンツの英語版配信にも積極的で、集英社は自社アプリ「MANGA Plus」にて看板漫画を英語・スペイン語などで同時配信し、講談社も2023年に英語圏向けの「K MANGA」サービスを開始しました。KADOKAWAも海外子会社を通じライトノベル英訳版や電子コミック配信を行い、さらにアニメ化作品を米クランチロールなどで配信するなどワールドワイドなIP展開を図っています。政府レベルでもクールジャパン戦略の下、コンテンツの海外市場規模を2033年までに現在の約4.7兆円から20兆円に拡大する目標が掲げられており、国としてもIP輸出に後押しの姿勢を見せています。
総じて、電子書籍を起点に生まれたIPがアニメ化・映画化・商品化・海外配信へと広がる流れは今後も強まる見込みです。以下では、このバリューチェーン各領域で事業展開する日本国内の主な上場企業について、そのビジネス概要や保有IP、展開事例を整理します。
電子書籍関連の主な上場企業とIP展開
日本のコンテンツ産業には、多くの上場企業が出版・プラットフォーム運営、アニメ制作、IP管理、映像配信など様々な立場で関わっています。その中から電子書籍発のIPメディアミックスに関連性の高い企業をピックアップし、概要と代表的なIP展開をまとめました。
アルファポリス(東証グロース:9467)
KADOKAWA(東証プライム:9468)
※上記は代表例です。この他にも、電子書籍ストア事業を展開するメディアドゥ(電子取次最大手)やパピレス(東証スタンダード:3641)(電子書籍レンタル「Renta!」運営)、電子コミック配信の**ビーグリー(東証プライム:3981)**なども、デジタル出版とIP展開を支える上場企業として挙げられます。メディアドゥは数百社の出版社と提携し数十万点以上の電子書籍を流通させるインフラ企業で、市場拡大を下支えしています。