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日本の電子書籍業界におけるIP発掘とメディア展開の動向

公開日:2025年04月04日
Note

電子書籍業界の構造とバリューチェーン

日本の電子書籍業界は、伝統的な出版からデジタル配信まで多様なプレイヤーが関与するバリューチェーン(価値連鎖)を形成しています。従来の紙の出版では、作家→出版社→印刷会社→取次会社→書店という流れが一般的でした。出版社が作家を発掘し企画・編集した作品を印刷・流通させる構造です。一方、電子書籍の登場によりこの流れに変化が生じ、印刷所や紙の取次を介さずに電子専門の取次会社や電子書籍ストア・アプリが流通を担うようになりました。つまり、電子書籍では出版社とデジタル配信プラットフォーム(例えばKindleストアやコミックアプリ)の間に**デジタル取次(配信事業者)**が入り、作品をオンライン上で読者に届ける仕組みです。また電子では再販売価格維持制度(出版社が価格を固定する制度)が適用されないため、期間限定セールやクーポンなど柔軟な価格設定も可能です。

このバリューチェーンにおける**IP(知的財産)**の流れは以下のように整理できます。

  • 作家・クリエイター – ウェブ小説投稿サイトやオンライン漫画アプリに自作を発表する新人・プロ作家が増加。出版社主催のコンテストやユーザー評価により優良な作品(原作IP)が発掘されます。
  • プラットフォーム – 「小説家になろう」やKADOKAWAの「カクヨム」、ピクシブなどのUGC(ユーザー投稿)サイトは玉石混交の作品群から人気作を可視化します。出版社や編集者はこれらプラットフォームでヒットした原作をスカウトし、書籍化交渉を行います。またAmazon KindleやLINEマンガ、コミックスアプリ等の電子書籍ストアは出版社から供給されたコンテンツを販売し読者との接点となります。
  • 出版社 – オンラインで話題の作品を編集・書籍化し、自社のレーベルから電子書籍(場合によっては紙書籍も)として発行します。出版社は作品の著作権を管理し、メディアミックス展開の企画元となります。近年は出版社自ら投稿サイトを運営(例:カクヨム、魔法のiらんど等)して原石となるIPの囲い込みにも注力しています。
  • 制作会社・制作委員会 – 書籍がヒットすると、出版社や映像会社、おもちゃメーカーなどが出資する制作委員会方式でアニメ化・映画化が企画されます。アニメ制作会社や映画制作会社が実際の映像作品を制作し、テレビ局や劇場を通じて公開します。例えば集英社原作の漫画や小説がアニメ化される際には、出版社・アニメスタジオ・放送局・スポンサー企業が組んで制作委員会を組成します。
  • 映像配信・放送 – 制作されたアニメはテレビ放送に加え、NetflixやCrunchyroll、国内ではABEMAやU-NEXTなど映像配信事業者を通じてストリーミング配信されます。とりわけ海外展開では字幕や吹替えを付けた英語版配信が行われ、グローバルなファン層を獲得します。
  • マーチャンダイジング(MD) – 人気IPは書籍や映像だけでなく、多角的に展開されます。グッズ(フィギュア・キャラクター商品)、ゲーム化、舞台化、イベントなど二次利用ビジネスが展開され、IPの収益が最大化されます。例えば漫画原作の『ONE PIECE』はアニメ・映画は勿論、玩具やゲーム等の商品化で累計13兆円規模の売上を上げたケースもあります。
  • 以上のように、デジタル時代の出版産業では原作の発掘から多媒体展開まで一連のバリューチェーンが形成されており、各段階に多くの企業が関わっています。

    IP発掘とメディアミックス展開のトレンド

    現在、日本の電子書籍業界で特に顕著なのが、ウェブ発の原作IPを他媒体へ展開するメディアミックス戦略です。インターネット上には数多くの小説・漫画が投稿されており、その中から人気を博した「当たり作品」を出版社などが見出し、書籍化・映像化する流れが定着しています。この現象はユーザー投稿小説サイト「小説家になろう」発の作品群で顕著であり、いわゆる「なろう系」と呼ばれるライトノベルが続々とアニメ化されています。実際、2024年1月時点で「小説家になろう」掲載作品のアニメ化数は累計100作品を超えたと報じられており、この数年でアニメ化ラッシュが加速しています。異世界転生ものを中心に、『無職転生』『転生したらスライムだった件』『Re:ゼロから始める異世界生活』など、ネット発の小説がテレビアニメ化され国内外でヒットするケースが相次いでいます。

    また、ウェブ漫画やSNS発のIPも見逃せません。PixivやTwitter上で話題になった個人作成の漫画が出版社によって電子書籍化・単行本化され、アニメや実写ドラマになる例も増えています。例えば、Pixiv発の恋愛漫画『ヲタクに恋は難しい』は一迅社が書籍化しアニメ化・実写映画化されました。同じくWeb発の『極主夫道』(おおのこうすけ作)は新潮社で書籍化後、Netflixにてアニメ化・読売テレビ系で実写ドラマ化されています。このように玉石混交の作家群から生まれたヒットIPが次々とマルチ展開される状況に業界全体の注目が集まっています。

    特筆すべきは、IPの海外展開が戦略の重要事項となっている点です。日本発の人気コンテンツは海外でもファンを獲得しやすく、アニメ配信や英語翻訳版によってグローバル展開されています。出版社各社は自社コンテンツの英語版配信にも積極的で、集英社は自社アプリ「MANGA Plus」にて看板漫画を英語・スペイン語などで同時配信し、講談社も2023年に英語圏向けの「K MANGA」サービスを開始しました。KADOKAWAも海外子会社を通じライトノベル英訳版や電子コミック配信を行い、さらにアニメ化作品を米クランチロールなどで配信するなどワールドワイドなIP展開を図っています。政府レベルでもクールジャパン戦略の下、コンテンツの海外市場規模を2033年までに現在の約4.7兆円から20兆円に拡大する目標が掲げられており、国としてもIP輸出に後押しの姿勢を見せています。

    総じて、電子書籍を起点に生まれたIPがアニメ化・映画化・商品化・海外配信へと広がる流れは今後も強まる見込みです。以下では、このバリューチェーン各領域で事業展開する日本国内の主な上場企業について、そのビジネス概要や保有IP、展開事例を整理します。

    電子書籍関連の主な上場企業とIP展開

    日本のコンテンツ産業には、多くの上場企業が出版・プラットフォーム運営、アニメ制作、IP管理、映像配信など様々な立場で関わっています。その中から電子書籍発のIPメディアミックスに関連性の高い企業をピックアップし、概要と代表的なIP展開をまとめました。

    アルファポリス(東証グロース:9467)

  • 事業概要・ポジション: 小説・漫画投稿サイト運営・出版。UGCプラットフォーム「アルファポリス」でユーザー作品を発掘し書籍化。
  • 主なIP(原作): 『ゲート 自衛隊彼の地にて、斯く戦えり』、『月が導く異世界道中』、※他、Web投稿発のライトノベル・漫画多数
  • IPの展開例: 上記2作品など多数を書籍化しアニメ化。特に『ゲート』はシリーズ累計240万部発行、TVアニメ化も実現。自社恋愛小説レーベル「エタニティブックス」の作品は12作同時にTVアニメ化。
  • KADOKAWA(東証プライム:9468)

  • 事業概要・ポジション: 総合エンタメ企業。出版社としてライトノベル・漫画を多数刊行し、有力IPを創出。投稿サイト「カクヨム」運営やアニメ制作・配信事業も展開。
  • 主なIP(原作): 『Re:ゼロから始める異世界生活』、『蜘蛛ですが、なにか?』、『ソードアート・オンライン』、『青春ブタ野郎』シリーズ 等
  • IPの展開例: 「Re:ゼロ」「蜘蛛ですが~」など投稿サイト発作品を次々アニメ化。自社原作のアニメを海外配信、関連グッズ販売、ゲーム化(例:「SAO」のゲーム展開)まで手掛ける。ソニーGやサイバーエージェントと資本提携し世界展開を強化。
  • ※上記は代表例です。この他にも、電子書籍ストア事業を展開するメディアドゥ(電子取次最大手)やパピレス(東証スタンダード:3641)(電子書籍レンタル「Renta!」運営)、電子コミック配信の**ビーグリー(東証プライム:3981)**なども、デジタル出版とIP展開を支える上場企業として挙げられます。メディアドゥは数百社の出版社と提携し数十万点以上の電子書籍を流通させるインフラ企業で、市場拡大を下支えしています。

    関連銘柄:アルファポリス