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日本におけるオンライン診療の現状と課題

公開日:2025年04月16日
Note

日本におけるオンライン診療の現状と課題

はじめに

日本のオンライン診療・オンライン処方は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大をきっかけに注目を集めましたが、諸外国と比較してその普及率は依然として低いままです。本記事では、日本におけるオンライン診療の普及を妨げている要因を多角的に分析し、今後の展望について考察します。

オンライン診療の普及状況(厚生労働省レポートより)

オンライン診療の認知度は8割を超えるものの、実際の利用経験者は約8%にとどまっています(2023年時点)。コロナ禍では「10年分が3ヶ月で進んだ」とも言われる急速な展開を見せましたが、感染拡大の沈静化とともに利用率の伸びは鈍化しています。

項目数値備考
オンライン診療の認知度80%以上名前は広く知られている
実際の利用経験者率約8.0%2021年からほとんど増加していない
「使いたいと思わない」層17.7%認知はしているが利用意向がない
医療機関の届出率15.0%2021年6月末時点(2020年4月の9.1%から上昇)

オンライン処方の件数推移

オンライン処方の件数は、特にコロナ禍以降、急激な増加を示しています。特に2022年以降は大幅な伸びが見られます。

時期オンライン処方件数前年同月比
2019年6月136回-
2020年6月1,278回約9.4倍
2021年6月696回約0.5倍(減少)
2022年6月35,595回約51.1倍
2023年6月58,882回約1.7倍

オンライン診療普及を妨げる要因

1. 制度・法律上の課題

日本の医療制度は長年「対面診療原則」を基本としてきました。近年、規制緩和が進められていますが、依然として制度上の制約が残っています。

主な制度変更
2018年・厚生労働省がガイドライン策定<br>・診療報酬改定でオンライン診療料新設<br>(対象疾患限定、初診後一定期間内の対面診療義務あり)
2020年4月コロナ特例:初診からのオンライン診療や電話診療を時限的に解禁
2022年・特例措置の大部分を恒久化<br>・診療報酬を対面の約9割に引き上げ<br>・対象疾患の限定や受診間隔制限を撤廃<br>・オンライン服薬指導を認可

現在でも、初診からオンライン診療を行うには事実上「かかりつけ医」との関係性が前提となっており、また医師には研修受講が義務付けられるなど、参入障壁が存在します。

2. 医療業界・医師会の構造的要因

日本医師会は一貫してオンライン診療に慎重な姿勢を示しており、特に初診からのオンライン診療については強い懸念を表明しています。医師側からは以下のような懸念が示されています:

  • 視覚・聴覚情報に限られ身体診察ができないことによる誤診リスク
  • 患者の地域医療機関から他地域の病院への流出懸念
  • 医療の安全性・信頼性の確保
  • 医師会の政治的影響力の強さから、政府・与党も大胆な規制改革に踏み切りにくい状況があります。

    3. 技術・インフラの課題

    課題領域具体的な問題点
    医療機関側・ITシステム導入・運用のノウハウ不足<br>・医療スタッフのITリテラシー不足<br>・導入費用や運用コストの負担<br>・システム選定の難しさ
    インフラ面・地域による通信インフラ格差<br>・院内の通信環境の脆弱性<br>・高額なシステム投資への躊躇

    多くの医療機関、特に中小規模の医療機関では、これらの技術的ハードルにより「様子見」の姿勢を取っています。

    4. 患者・国民の意識とリテラシー

    患者側の要因としては、以下が挙げられます:

  • 「診察は直接対面で受けるもの」という根強い意識
  • オンライン診療の質や信頼性への不安
  • 身近に医療機関が存在するため、敢えてオンラインを選ぶ動機の弱さ
  • 特に高齢者におけるデジタルデバイド(情報格差)
  • スマートフォンやPCの操作、予約・決済などの手続きの煩雑さ
  • 5. プライバシー・セキュリティ上の懸念

    オンライン診療では診療情報や個人情報がネット上でやり取りされるため、情報セキュリティに関する懸念も大きな障壁となっています:

  • 医療情報のセンシティブさに対応した高度なセキュリティ機能の必要性
  • 通信の暗号化・認証、アクセス管理の厳格化などのコスト
  • 患者側のプライバシー漏洩への不安
  • システム選定における安全基準の評価の難しさ
  • 海外との比較

    国/地域オンライン診療の状況
    米国・医療過疎地対策として早くから整備<br>・コロナ禍で保険適用拡大と規制緩和<br>・「10年分の普及がわずか数ヶ月で実現」<br>・対面と遠隔を組み合わせたハイブリッド型医療が定着
    フランス・2018年から一部疾患で公的保険適用<br>・当初は「過去12か月以内の対面受診」が条件<br>・コロナ禍で初診からのオンライン診療を認可<br>・利用患者数が急増
    英国・プライマリケアで電話診療やビデオ診療を積極活用
    北欧諸国・国民IDを活用した電子処方と連動したサービスが普及

    欧米では、医療アクセス向上や効率化のメリットが課題を上回ると認識され、政府の政策支援もあって、オンライン診療が医療システムに組み込まれつつあります。

    今後の展望

    コロナ禍を経て規制は大きく緩和され、国民の意識も変化しつつあります。今後、オンライン診療がさらに普及するためには以下の取り組みが重要です:

  • 制度面の整備:診療報酬の適正化、規制の合理化
  • 医療関係者の理解促進:オンライン診療の安全性と有効性の実証、研修の充実
  • 技術インフラの改善:使いやすいプラットフォームの開発、導入支援
  • 患者教育と啓発:利便性や活用法の周知、デジタルリテラシー向上支援
  • セキュリティ対策の強化:プライバシー保護の徹底、基準の明確化
  • おわりに

    オンライン診療は対面診療の代替ではなく、適切に補完するものとして位置づけられるべきです。日本の高齢化や医師不足といった構造問題を考えると、オンライン診療は今後ますます重要な役割を担うことが期待されます。安全性と有効性を確保しつつ、デジタル技術を活用した医療の新たな形を模索していくことが、日本の医療システムの持続可能性を高める鍵となるでしょう。