2025-2026年 日本の米価格見通し: 輸入米増加の影響と投資視点
はじめに
日本の米市場は現在、大きな転換期を迎えています。2024年に「令和の米騒動」と呼ばれる米不足・価格高騰が社会問題化し、一部の店舗では米が品切れになる事態も発生しました。本レポートでは、2025~2026年の国内米価格見通しを輸入米の動向に焦点を当てて分析し、飲食業界や食品メーカーへの影響とそれに伴う投資判断の参考となる情報を提供します。
1. 米の輸入量と国内価格の推移
輸入米と国内価格の現状
日本はウルグアイ・ラウンド合意に基づき、ミニマムアクセス(MA)米として年間約77万トンの米を無関税で輸入しています。この枠内輸入米は主に業務用や加工用として流通し、長らく国内の主食用米価格に大きな影響を与えていませんでした。一方、関税を支払って輸入される民間輸入米は、近年まで年間300~400トン程度と少量に留まっていました。
しかし、2024年度には状況が一変しました。国内産米の価格高騰を受け、関税341円/kgを支払っても採算が取れる状況となり、民間の米輸入が急増しました。2023年度の民間輸入量は368トンでしたが、2024年度は1月末時点で991トンと前年の約2.7倍に増加しています。さらに大手商社の兼松は2024年内に1万トンの米国産米輸入を計画しました。
国内米価格の推移
東京都区部における米小売価格(コシヒカリ以外・5kg)は、2024年2月時点で2,300円だったものが、2025年2月には4,239円と2倍近くに上昇しています。
表1:東京都区部における米小売価格推移(5kg袋)
時期 | コシヒカリ | コシヒカリ以外 | 前年比 |
2024年2月 | 2,476円 | 2,300円 | - |
2025年2月 | 4,363円 | 4,239円 | 約2倍 |
卸売段階でも価格高騰は顕著で、スポット取引価格(卸業者間の相対取引)では関東産銘柄米が前年の3倍に跳ね上がりました。
表2:関東産米のスポット取引価格推移(60kg当たり)
時期 | 取引価格 | 前年取引価格 |
2024年9月下期 | 25,697円 | 13,484円 |
2024年12月上期 | 31,152円 | 14,451円 |
2025年1月下期 | 45,391円 | 15,440円 |
2025年2月下期 | 46,780円 | 16,479円 |
こうした国内価格の高騰により、輸入米(主に米国産や豪州産のジャポニカ米)が相対的に割安となり、一部スーパーでは国産米とのブレンド米が販売されるようになりました。また、コンビニエンスストアのおにぎりなどにも輸入米が使用されるようになり、市場を補完する役割を果たし始めています。
2. 政府の米政策と市場への影響
政府の米政策は国内米価に大きな影響を与えてきました。特に重要なのが政府備蓄米の制度で、平時から主食用米の適正在庫を政府が保有し、需給逼迫時には放出、過剰時には買い入れて価格安定を図る仕組みです。
2024年の米価急騰に際して、農林水産省は当初「米不足は起きていない」との姿勢を崩さず、価格高騰の原因は「卸売業者による買い占め」など流通面の問題だと主張していました。しかし米価が史上最高水準に高騰し社会問題化する中で、2025年2月14日に備蓄米の市場放出を決定しました。
この放出には「一旦売却した備蓄米を1年以内に政府が買い戻す」という条件が付されました。農水省は、高騰を受けて2025年産の主食用米の作付けが増え、生産が平年より約21万トン増加すると予想しています。供給増で米価が下落しそうになっても、増産分に相当する21万トンを政府が市場から買い上げれば米価下落を防げるという考えです。
また、輸入政策の変更も市場に影響し得る要因です。例えば米国との貿易交渉の中で、MA米の枠内で米国産米の輸入を約6万トン拡大する案が浮上したことがあります。仮にこのような追加の無税輸入枠拡大が実施されれば、安価な外国産米の流通が増え、国内米価に下押し圧力がかかる可能性があります。
3. 国内米需給バランスの見通し
長期的な米需要は、人口減少と一人当たり消費量の減少により、年々1~2%程度縮小してきました。主食用うるち米の消費(=生産)量は、2000年代初頭には年間約900万トンでしたが、近年は650~700万トン程度まで減少しています。
供給面では、2023年産米は作柄自体は平年並みでしたが、猛暑による品質低下が全国的に発生し、一等米比率の大幅低下など実質的な有効供給の目減りを招きました。例えば新潟産コシヒカリの1等米比率は平年75.3%からわずか4.9%に激減するなど、良質米の供給不足が深刻化しました。
2024年秋に新米(2024年産)が収穫され流通しましたが、一度薄まった在庫は十分に回復せず、2025年前半時点でも依然として古米在庫の少ない状態が続いています。しかし、2025年産に向けては状況が変わる見込みです。米価高騰を受け、農家は収益機会の大きい主食用米の作付けを増やすインセンティブがあります。
2025年の見通し:2025年春の作付面積は前年より増加すると予想され、2025年夏の生育が順調であれば、秋には需給が一転して過剰気味になる可能性も指摘されています。宇都宮大学の小川准教授は「2025年は作付増と生育順調次第で秋に供給過剰となり、2024年度産の高値米も1年後には古米となって価値が下がるため、2026年春頃には米価が落ち着き、初夏には値下げ競争が起きるかもしれない」と予測しています。
4. 海外主要輸出国の動向と国際価格の影響
世界の米市場では、インドは世界最大の米輸出国(年間1,000万トン超)ですが、2023年にインド政府が一部品種の米輸出を規制(禁輸)したことが大きな波紋を呼びました。この影響でタイ米やベトナム米などインディカ米の国際価格が高騰し、FAO(国連食糧農業機関)の報告によれば2023年の米国際価格指数は前年比21%も上昇しています。
国際相場の高騰は日本の輸入米調達コストにも影響しますが、2024年後半には国際相場もやや落ち着きを取り戻しています。FAOの穀物価格指数は2024年平均で前年比▲2.1%低下し、米価格指数も年末にかけ小幅下落に転じています。
今後2025年にかけて、タイ・ベトナムの新規作付や在庫、水供給状況次第では国際価格はさらに安定化する可能性があります。一方で、インドの輸出政策は依然不透明で、世界的なインフレやエネルギー価格による生産コスト増もリスク要因です。
5. 輸入米増加が国内米価に与える影響
短期的な影響(直近~1年程度)
輸入米が急増した2024年後半~2025年前半の事例から明らかなように、輸入米は国内米価の行き過ぎた高騰に対する安全弁の役割を果たしました。国内米価が平年を大幅に上回る水準に達すると、一部商社や流通業者は関税を払ってでも外国米を調達し始めました。
この結果、例えばスーパーの廉価ブランド米やコンビニのおにぎりに外国産米がブレンド・使用されるようになりました。輸入米の存在が示す価格上限効果は無視できません。実質的に「国内米価が関税込み輸入コストを超えれば、輸入米が市場に流入する」という価格の天井が意識されたことで、2024年末頃には米の店頭価格上昇ペースが緩やかになりました。
ただし、輸入米の数量シェアは依然小さいため、その短期的影響は限定的かつ局所的です。2024年度の枠外民間輸入は増えたと言っても1,000トン弱であり、年間700万トン規模の国内需要全体から見ればごく一部に過ぎません。したがって短期では、輸入米増加は極端な米価高騰を緩和する効果はあるものの、国内米価の水準を決定づける主導権は引き続き国内の需給要因が握っていると言えます。
中期的な影響(今後2~3年程度)
中期的には、国内需給が改善し米価が下落基調に入った場合(2025年秋以降に予想されるシナリオ)、輸入米を高関税を払ってまで調達するメリットは薄れます。国内米価がおおむね平年並み(例えば60kgあたり15,000円前後)に戻れば、外国産米に341円/kgの関税を課した場合のコスト(輸出国での価格+関税+輸送費)が国内米価を上回り、民間の採算に合わなくなるからです。そうなれば、2024年に見られたような枠外輸入の急増は一時的な現象にとどまり、再び年間数百トン程度のニッチな取引に縮小すると考えられます。
一方で別のシナリオとして、国内で想定ほど供給が増えず米価が高止まりする場合や、政府が食料インフレ対策等で輸入枠の拡大に舵を切る場合には、輸入米が中期的にも市場に流入し続ける可能性があります。この場合、例えば低価格帯の外食産業や加工食品分野から徐々に国産米の置き換えが進み、国産米への需要が恒常的に削られる展開も考えられます。
しかし、政府・農業団体は食料安全保障の観点から過度な輸入米依存に強い警戒感を持っています。国内供給が不十分な場合でも、無制限の輸入自由化に踏み切る公算は小さく、備蓄米の活用や生産奨励による国内対応が優先されるでしょう。
6. 飲食業界・食品メーカーへの影響と収益性
飲食業界への影響
2024年後半からの米価格急騰は、外食チェーンや中食(持ち帰り弁当等)企業のコストを直撃しました。原価率上昇に対応するため、多くの飲食店ではメニュー価格の値上げや、ご飯の盛り量調整などが行われています。また学校給食など公共セクターでも、米高騰により給食費値上げやご飯提供回数削減といった措置が各地で報告されました。
こうした中、コスト削減策として一部では外国産米の活用も始まっています。コンビニ大手セブンイレブンは2024年末から、一部の新商品おむすび(炒飯風味の商品)にオーストラリア産米を使用しました。多くの日本の消費者は米の産地や銘柄にこだわりが強いものの、特にメニューによっては輸入米でも受け入れられる状況になってきています。
食品メーカーへの影響
米を原料とする食品メーカーもまた、収益圧迫に直面しました。例えば味噌メーカーでは、味噌の仕込みに使う米(米麹用)の価格が想定を大幅に上回り、売上は過去最高でも利益は減益が避けられないといった声が上がっています。米菓(せんべい等)メーカーや清酒メーカーなども、原料米の調達コスト増で製造原価が上昇し、製品価格の引き上げや内容量削減などで対応せざるを得ない状況です。
今後の見通しとしては、米価は2025年後半から安定・下落方向に向かう可能性が高いことは、飲食・食品業界にとって朗報でもあります。2025年産米の収穫が順調に増えれば、遅くとも2026年には原料コスト負担が大きく緩和される見込みです。
表3:業種別の米価格高騰影響度
業種 | 影響度 | 対応策 | 今後の見通し |
外食チェーン | 高(特に米飯主体の店舗) | メニュー価格引上げ、量調整、一部輸入米活用 | 2026年以降コスト負担軽減 |
コンビニ | 中~高 | おにぎり類の価格改定、輸入米活用 | 競争激化で価格転嫁難 |
米菓メーカー | 高 | 内容量調整、価格引上げ | 原料コスト低下で利益回復へ |
清酒メーカー | 高 | 価格改定、高付加価値商品シフト | 2026年以降収益改善 |
味噌メーカー | 高 | 製品価格改定 | 原料コスト低下で利益回復へ |
おわりに(投資家への視点)
2025~2026年の日本の米市場は、2024年の異常事態を経て大きな調整局面に入るとみられます。短期的には備蓄米放出や一時的な輸入米活用によって逼迫が和らぎつつも、価格は依然として高めに推移し、飲食・食品業界のコスト高要因となります。しかし中期的には国内生産の増加と需要減少トレンドの継続により、米価は徐々に平常化し、ひいては下振れリスクも出てくるでしょう。
投資家にとって、米価格の行方は外食・食品関連銘柄の収益見通しに直結する重要事項です。米価高騰局面では各社の利益率が低下しやすく、特に値上げ転嫁が難しい低価格帯の外食企業や、米を主原料とする食品メーカーの業績悪化要因となります。一方、米価下落局面では原価低減メリットが現れ、業績回復・向上の追い風となり得ます。
投資判断のポイント:
中長期的には、輸入米の動向や政府の介入策が市場に与える影響にも留意しつつ、需給バランスの転換点を的確に捉えた投資判断が求められるでしょう。