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日本調剤の非公開化報道とTOB価格の推察

公開日:2025年05月17日
Note

非公開化プロセスの最新状況

調剤薬局大手の日本調剤(東証プライム: 3341)は、企業価値向上策の一環として株式非公開化に向けた入札プロセスを進めていることを4月15日に認めました。同社株価はこの報道を受けてストップ高となり、前日比400円高(+23%)の2,136円で取引を終えています。これはMergermarketの英文記事で一次入札の開始が報じられたことを受けた開示で、「様々な経営戦略上の可能性を検討しており、その一環として当該プロセスを実施していることは事実」とコメントされています。

一方で具体的な進捗(一次入札の結果など)については現時点で決定事項はないとし、5月14日の決算説明会でも笠井社長は詳細コメントを控えました。市場では既に一次入札が完了し、複数の投資ファンドが名乗りを上げたとの観測報道もあります。今後、買収候補の選定に向けた二次入札以降のプロセスが進むものと見込まれます。

日本調剤の現状業績と時価総額

日本調剤の現在の時価総額は約933億円(株価3,005円×発行株数3,104.8万株)に達しています。株価は年初来安値1,314円(2月)から倍以上に上昇し、5月13日には年初来高値3,200円を付けました。以下に主な業績指標をまとめます。

  • 売上高: 2025年3月期(通期)で約3,605億円(前年比+5.9%)。調剤薬局事業の増収により堅調に拡大しています。
  • EBITDA: 営業利益に減価償却費・のれん償却費を加えたEBITDAは約170億円規模です(直近年度)。※EBITDA=営業利益+減価償却費+のれん償却費
  • 営業利益: 2025年3月期は約75~80億円と見られ(前期比減益)、経常利益は69億円でした。人件費増や製造工場の不備対応等で利益率が低下しました。
  • 当期純利益: 2025年3月期は約14億円(前期25億円から大幅減益)。一過性要因やコスト増により最終益が落ち込みましたが、2026年3月期は純利益35億円の予想が出ています。
  • こうした業績水準を踏まえ、本レポートではEBITDA(約170億円)をベースに非公開化時の企業価値を検討します。

    調剤薬局チェーンのM&A事例と評価指標

    日本調剤と同業の調剤薬局チェーンにおいては、近年大型のM&Aが相次いでいます。その代表例が総合メディカルグループで、2020年にポラリス・キャピタル・グループ主導で経営陣とMBOを実施し上場廃止となりました。TOB価格は1株2,550円で、公表前株価2,022円に対してプレミアム26.1%が付与され、全株取得額は最大約763億円とされています。

    この金額は企業価値(EV)にしておよそ1,000億円弱に相当し、当時のEBITDAに対する倍率は8~9倍程度と推定されます。ポラリスによる非公開化後、総合メディカルは積極的な店舗拡大を続け、わずか3年後の2023年末に欧州系ファンドのCVCへ全株式が約1,700億円で譲渡されました。この再売却金額はMBO時の約2倍となり、EBITDA倍率で約10倍前後に達したと見られます。CVCは買収後もM&Aで規模拡大を図り、バリューアップ後の再上場を目指す方針を示しています。

    他の事例では、さくら薬局(株式会社クラフト)が2008年に経営陣MBOで非公開化し、その後M&Aで店舗数を270店から2020年に1,000店超まで拡大したケースがあります(評価額非公表)。また上場企業同士の統合こそありませんが、調剤薬局業界では中小薬局の統合買収も活発で、一般的なEBITDAマルチプル(EV/EBITDA)は約4~6倍が一つの目安とされます。一方、大手上場チェーン同士では7~8倍程度の水準がみられます。実際、日本調剤の現在の株価水準はEV/EBITDAで約8~9倍と推定され、既に業界平均並みの評価となっています。

    日本調剤の想定買収価格と時価総額シナリオ

    上記の業界マルチプルや類似事例を参考に、日本調剤の買収価格帯(企業価値および株式価値)を試算します。ここではEBITDAを約170億円とし、ネット有利子負債は約300億円台半ばと仮定しました。この前提の下、EV/EBITDA倍率ごとの想定企業価値(EV)および株式時価総額・1株当たり価格を算出すると以下の通りです。

    EV/EBITDA倍率企業価値EV (億円)株式価値 (時価総額) (億円)1株あたり価格 (円)
    7倍 (低シナリオ)約1,190【=170×7】約890約2,870円
    8倍 (標準的)約1,360【=170×8】約1,060約3,420円
    9倍 (プレミアム)約1,530【=170×9】約1,230約3,970円
    10倍(高シナリオ)約1,700【=170×10】約1,400約4,500円

    ※表中では簡便計算のためネット負債を約300億円と仮定しEVから控除。実際の負債水準により株式価値は変動します。


  • 7倍: 業界平均を下回る控えめな倍率。株式価値は約890億円となり、1株当たり2,800~2,900円程度となります。現在株価(約3,000円)と比べると低く、株主の同意を得るには難しい水準です。
  • 8倍: 大手上場調剤チェーンの平均的な倍率。【総合メディカルのMBO時】に近い水準とも言えます(EV約1,360億円)。株式価値は約1,060億円で1株3,400円前後となり、直近株価に約13%のプレミアムとなります。
  • 9倍: プレミアムシナリオ。EVは約1,530億円となり、これは【CVCによる総合メディカル買収】に匹敵する規模です。株式価値は約1,230億円、1株あたり約4,000円となり、現在株価に3割強の上乗せとなります。
  • 10倍: 極めて高い倍率のシナリオ。EV約1,700億円で、**株式価値約1,400億円(1株4,500円前後)**となります。これは業界再編によるシナジー効果や再上場計画を折り込んだ場合の上限シナリオと言えます。実現すれば現在比+50%近いプレミアムであり、株主には魅力的ですが、買い手にとっては相当の成長見込みが必要です。
  • 以上の試算から、日本調剤の想定買収価格帯時価総額ベースで約1,000~1,400億円(1株当たり3,000~4,500円前後)と推定できます。入札プロセスで競合が生じればプレミアムが乗り9~10倍水準も視野に入りますが、現状株価上昇で既に一定のMBO期待が織り込まれているため、買収側は慎重な価格判断を迫られるでしょう。投資家としては、類似案件の事例や業界動向を踏まえつつ、提示されるTOB価格の適否(プレミアム水準やEBITDAマルチプル)を見極める必要があります。