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Nexperia車載半導体の調達懸念の高まり:背景・影響・対応策

公開日:2025年10月28日
Note

Nexperia車載半導体の調達懸念の高まり:背景・影響・対応策の総合調査

1. 調達懸念の背景と主な要因

オランダに本拠を置く半導体メーカー「Nexperia(ネクスペリア)」を巡り、地政学的リスクによるサプライチェーン不安が高まっている。Nexperiaは2018年以降、中国の電子機器大手・聞泰科技(ウィングテック)の傘下にあったが、2025年9月末にオランダ政府が極めて異例の措置で同社の経営権を一時掌握。

オランダ政府は国家安全保障上の懸念を理由に、冷戦期の法律「物品供給法(Goods Availability Act)」を発動。Nexperiaによる資産売却や知的財産移転、人事異動などを1年間禁止。親会社ウィングテックを通じて先端技術が中国側へ流出している可能性への対処であり、同社CEO(中国籍)の職務停止と外部取締役の指名も命令。

米国も2024年末にウィングテックを輸出規制リストに追加。2025年9月にはその50%以上子会社にも規制を拡大する新規則を施行し、Nexperiaは米国の対中制裁対象に含まれることに。

このオランダ政府の介入に対し、中国政府は強く反発し、報復措置としてNexperiaに対する輸出規制を発動。中国商務部は10月4日付で、Nexperia中国法人および関連下請け企業による一部製品の対外輸出を明確な許可なしに禁止。事実上、同社の中国拠点から世界市場へのチップ供給が停止する事態に。中国政府はこれをオランダ側の「接収」への報復と位置付け。

この対立は米中間の半導体覇権争いの一環。米国の対中半導体規制や、オランダ・日本による先端機器の対中輸出管理強化、EUによる中国EV補助金調査開始など、近年進む対中技術制約強化に中国が対抗措置を講じた流れの中で発生。オランダ政府側は「特定国(中国)を狙った措置ではない」と弁明するも、結果的に中国資本傘下企業の経営に直接介入したことがサプライチェーンに波紋を広げ、日米欧の自動車業界を直撃する事態に。

2. 対象となっている車載半導体の種類や用途

今回供給不安の対象となっているのは、Nexperia社が製造する自動車向けの標準的な半導体部品。最先端の高性能プロセッサではなく、比較的成熟した技術ノードのディスクリート半導体(ダイオードやトランジスタなど)や標準ロジックIC。

部品種類用途例
パワー半導体電圧制御、スイッチング
小信号トランジスタ各種制御回路
整流ダイオード電源回路
ロジック回路信号処理

具体的には、自動車の電子制御ユニット(ECU)内で電圧制御やスイッチングに使われる部品群。エンジン・ブレーキ・パワーステアリング等の制御モジュール、車内外の照明やボディ制御、ドアスイッチやエアバッグ制御回路など、現代車両のあらゆる電子システムに組み込まれている。1台の自動車には数百~数千個ものNexperia製チップが間接的に使用。

単価が低く高度な機能を持つ部品ではないものの、「一つでも欠ければ車両を完成できない」タイプの基礎部品。サプライチェーン上の「アキレス腱」とも言える存在。Nexperiaの2024年売上高約31億ドルのうち、自動車産業向けが6割超を占めることからも、自動車用汎用半導体で世界有数の供給者であることが判明。

3. 自動車業界や主要メーカーへの影響

欧州への影響

Nexperia問題は欧州・日本・米国を中心に自動車メーカー各社へ深刻な影響を及ぼす懸念が高まっている。特にドイツをはじめとする欧州勢では、自国の基幹産業である自動車生産に直接影響しかねない事態として緊急対応を実施。

欧州自動車工業会(ACEA)は10月16日に声明を発表。Nexperia製半導体の在庫が「わずか数週間分」にとどまる見通しで、このまま供給停止が続けば欧州各国で自動車生産ラインの停止に発展し得ると強い懸念を表明。

ドイツではVolkswagen(VW)が内部にタスクフォースを設置してサプライチェーンへの影響調査を開始。主力モデル「ゴルフ」や「ティグアン」の生産を一時停止する計画が報道。VWはNexperiaからの直接調達は行っていないものの、ティア1サプライヤー経由で同社製チップが自社車両に組み込まれている可能性を認識。現代の多層的なサプライチェーンにおいて下流の単一企業の混乱が全体を麻痺させ得る事例。

ドイツ自動車工業会(VDA)も「供給問題が速やかに解決されなければ近く大幅な減産を余儀なくされる」と警告。実際、欧州最大手VWをはじめBMW、メルセデス・ベンツ、フォードなど幅広いメーカーが潜在的リスクを精査し、生産計画の見直しを迫られている。

日本への影響

日本でも同様に大きな不安が拡大。トヨタ、日産、ホンダなどを会員にもつ日本自動車工業会(JAMA)は10月23日、「Nexperiaから日本の部品サプライヤーに対し半導体の安定供給維持が困難になる可能性の通知があった」ことを公式に認めた。

JAMAは声明で「問題のチップはECUなどに使用される重要部品であり、この供給途絶は我々のグローバル生産に深刻な影響を与え得る」と強調。各国政府に対し迅速かつ現実的な解決策を要求。日本の完成車各社も個別に「状況を精査し必要に応じ適切な措置を講じる」(日産)などコメントを発表。代替部品の確保や生産ラインの稼働調整などに着手。2021年前後の世界的な半導体不足の悪夢が再来しかねないとの危機感が業界に拡大。

米国への影響

米国でも、GMやトヨタ北米法人など主要メーカーが加盟する業界団体「オートモーティブ・イノベーション連合(AAI)」が10月16日に声明を発表。「中国とオランダ政府の軋轢に起因する半導体混乱が、早ければ数週間以内にも米国の自動車生産に急速に影響を及ぼし得る」と警告。

欧州のACEAによれば、自動車メーカーやサプライヤー各社は先週、Nexperia社から納入保証ができなくなった旨の通知を受領。AAIは「出荷再開が早急に実現しなければ米国や他国で生産支障が生じ、他産業にも波及する」と懸念を表明。米自動車工場にも11月にも影響が及ぶ可能性が指摘され、北米メーカーもグローバルに部品在庫を融通する体制づくりや他社品への置き換え検討を推進。

中国への影響

一方、中国の自動車メーカーへの影響は相対的に限定的と見られる。Nexperia製品の約48%は中国市場向け売上であり、今回の輸出禁止措置により同社中国工場で生産されたチップは国内優先で消費される見込み。

実際、Nexperia中国法人は「中国国内の事業体は合法的に運営を継続しており、顧客のサプライチェーン安定化に努めている」と表明。したがって、中国国内の自動車メーカーは当面必要な半導体を確保できる可能性が高く、むしろ海外ライバルが部品不足で減産を余儀なくされれば競争上有利になるとの見方も。ただしNexperia社全体の経営混乱が長引けば生産能力自体に影響が出る恐れもあり、中国政府も王文涛商務相がオランダ経済相に早期解決を強く要求するなど、サプライチェーン安定確保に向けた動きを展開。

4. 業界や政府の対応策

業界の対応

今回の危機に対し、自動車業界では即座に代替策の模索が開始。メーカー各社やティア1部品サプライヤーは在庫状況を洗い出すとともに、他社製品への置き換え可能性を検討。

幸いNexperiaの扱うのは標準仕様のディスクリート部品であるため、代替供給元となり得る半導体メーカーは複数存在。

代替供給元候補地域
Infineonドイツ
オンセミ米国
ルネサス日本
ローム日本
STマイクロ欧州

事実、ドイツのInfineonにはNexperia顧客からの問い合わせが相次いでいると報道。Boschやコンチネンタル、デンソーといった大手サプライヤーもデュアルソース(二重調達)戦略を駆使して同等品の確保に着手。

標準化された汎用部品であることから、技術的には交換可能なデバイスが見つかる見込み。ただし、品質・安全認証の再取得(リクオリファイ)や大量調達の調整に時間を要するため、完全な移行には数カ月規模の時間が必要。

とはいえ、コロナ禍の教訓から各社とも一定の在庫を積み増していたため、流通在庫やメーカー在庫が即座に尽きることはなく、「数週間~数カ月の猶予」は確保されているとの見方。このバッファ期間を活かして新たなサプライチェーンへの切り替えや生産計画の再調整を進めることが業界の急務。

政府の対応

政府・行政レベルの対応も進行中。まず中国とオランダ当局間での協議が水面下で実施。中国側は商務部長が直接電話会談で投資家権益の保護と供給安定の迅速な解決を要求。

欧州各国政府も、自動車産業への打撃を避けるためには政治的解決が必要との認識を表明。ドイツ電子産業連盟(ZVEI)の会長は「政治レベルで速やかに解決されなければ世界の自動車生産や他産業で稼働停止が起こり得る」と訴え。ACEAの事務局長も「関係各国による迅速で現実的な解決策が必要だ」と強調。

現状、Nexperia社は中国での輸出規制による納入不能は不可抗力事由で契約上の責任は免除されるとの通知を顧客に送付。オランダ側管理下でも最低限の供給継続策を模索中。

考えられる解決策としては、WingtechによるNexperia株式の一部放出や機微技術の遮断措置を条件にオランダ政府が介入を解除し、中国側が輸出許可を与える妥協案などが指摘されている。

日本政府も国内企業への影響を注視。経済産業省などを通じて国内外の半導体メーカーへの増産要請や、必要に応じた在庫放出支援策を検討する見込み。また、長期的には同種のリスクを回避するため、日本や欧米で車載向け成熟ノード半導体の生産拠点を強化・誘致する動き(いわゆる「脱中国・デリスキング」)も一層加速すると予想。

5. 今後の見通しや市場の反応

短期的見通し

短期的には、各国業界団体が指摘するように数週間から1~2カ月以内に在庫が底を突き、主要自動車メーカーで生産ライン停止が現実化するリスクが存在。

とりわけ欧州では2025年末から2026年にかけてVWの新型EV「T-Cross」やBMW「Neue Klasse」など重要なモデルの量産開始を控えており、これらの立ち上げスケジュールにも遅れが生じる懸念。

業界は「2021年の半導体不足危機の再来」を強く警戒。仮に政治的解決が難航すれば各社の生産計画見直しや業績下振れは避けられない見込み。

市場の反応

こうした懸念から、市場では代替チップを供給できるメーカー株が上昇する一方、自動車株は先行き不透明感から押し下げられる動きも発生。独Infineon株価は代替需要期待で問い合わせ増加報道後に上昇する場面が観察された。また、親会社Wingtechの経営不確実性が増したことで、中国半導体セクター全体への投資心理にも影響が波及。

中長期的見通し

中長期的には、グローバル半導体供給網の再編が進む可能性。Nexperiaは「欧州で開発し中国で大量生産する」というモデルで成功してきたが、今回の事態でその手法が地政学リスク下では維持困難であることが露呈。

今後は各国・地域ブロックで重要部品を自給できる体制の構築(米欧日のサプライチェーン多元化)や、中国メーカーも輸出規制を念頭に国内市場中心の生産販売戦略へシフトする動きが予想。

幸い標準品であるNexperia製チップは相互互換性が高く、完全な代替が不可能な「唯一無二の製品」ではない。S&Pグローバルの分析では、Nexperiaの世界自動車向けディスクリート半導体シェアは約5%に過ぎず、残り95%は他社製が占めるため、適切な時間とコストをかければ十分代替調達は可能との見解。

したがって、本件による供給混乱は過去の大規模半導体不足ほど長期化しないとの見方も存在。ただしNexperia製品が「見えない所で支える縁の下の力持ち」であったがゆえに各社とも油断し、単一サプライヤー依存を許していた事実は重く受け止められている。

今回の教訓により、自動車メーカーと部品メーカーは標準部品であっても調達先分散と在庫戦略の再点検を迫られることに。各国政府も経済安全保障の観点から、半導体供給網のボトルネック解消に向けた産業政策を一段と強化していく見込み。

結論

Nexperia車載半導体を巡る調達懸念は米中・欧中の技術摩擦が実際の産業生産に波及した象徴的なケース。

迅速な外交的解決と業界内での代替策確保が進めば、影響は一時的にとどまる可能性。しかし解決が遅れる場合、再び世界の自動車産業が深刻な部品不足に陥る危機も現実味を帯びる。

今回浮き彫りになった脆弱性への対応として、短期的な火消しに加え、将来的なサプライチェーン強靭化に向けた取り組みが各方面で加速することが予想される。