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スマホソフトウェア競争促進法: 日米の法制度と日本株への影響

公開日:2025年04月17日
Note

日本の法制度概要

2024年6月、日本では「スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する法律」(通称:スマホソフトウェア競争促進法)が可決・成立しました。この法律は、公正取引委員会(JFTC)が主管し、スマートフォンOSやアプリストア等で優越的地位を持つ大手IT企業(主にAppleとGoogle)による市場支配を規制し、公正で自由な競争環境を形成することを目的としています。

規制対象

この法律が対象とする「特定ソフトウェア」は以下の4分野です:

  • スマホOS: iOS/Android
  • アプリストア: App Store/Google Play
  • ブラウザ: Safari/Chrome
  • 検索エンジン: Google検索
  • 主な規制内容

    公正取引委員会は国内月間利用者4,000万人以上の事業者を「指定事業者」に選定し(2025年3月にAppleおよびGoogle関連企業を指定済み)、以下のような義務付け・禁止事項を課しています:

  • アプリストアの開放: 特定事業者(OS提供者)は自社公式ストア以外からのアプリ配信を不当に制限してはならず、条件を満たす第三者運営のストアを端末上で利用可能にすること。これにより複数のアプリストアが並存できる環境を整備します。
  • 決済システムの開放: アプリ内課金において、自社提供の決済手段の利用強制を禁止し、開発者やユーザーが代替の課金・決済システムを選択できるようにします。これによりアプリ提供者に課されてきた30%前後の手数料負担の軽減が期待されています。
  • 自社サービス優遇の禁止: プラットフォーマーが自社のアプリやサービスを他社より有利に扱ったり、他社のサービスの利用を不当に妨げたりする行為を禁止します。例えば、特定のブラウザや検索エンジンをデフォルトに固定する行為などが制限され、ユーザーが他社製ブラウザ・検索エンジンを容易に選択できるようになります。
  • その他の義務: 指定事業者には毎年の報告義務が課され、違反が認められれば国内売上高の最大20%(再犯時30%)の課徴金納付命令など厳しい措置が科されます。また、アプリ開発者が必要とする一部のOS機能(例:外部決済連携や周辺機能)へのアクセスを正当な理由なく制限することも禁止されます。
  • 本法は2025年内に施行予定となっています。

    アメリカの法制度概要

    米国ではスマホアプリ市場の競争促進を目的とした新法の制定はまだ実現していませんが、近年いくつかの法案提案と規制当局による動きが見られます。

    オープン・アプリ・マーケット法案

    代表的なのが**「オープン・アプリ・マーケット法(Open App Markets Act)」**という超党派の議員による提案法案です。この法案(2021年上程、2022年2月上院司法委員会可決)は、AppleやGoogleによるアプリストア上の支配的慣行を制限する内容となっています。主な柱は以下の通りです:

  • 代替アプリストアやサイドロードの許容: AppleとGoogleに対し、自社端末へのアプリ配布を公式ストア経由に限定させないよう求め、ユーザーがサードパーティ製のアプリストアやウェブ経由でアプリを入手・インストールできるようにする。
  • 決済手段の開放: アプリ提供者に対し、自社ストア提供の決済システム以外の外部決済システムを利用することを妨げる行為を禁止します(=AppleやGoogleがアプリ内購入で自社課金しか使えないよう強制することを違法とする)。
  • 自社製アプリの優遇禁止: プラットフォーム運営企業が、自社のアプリやサービスを自社ストア上で他社より優先表示したり有利な条件で提供したりする「セルフプリファレンシング」の禁止(競合他社の不利益になる自己優遇の排除)。
  • 開発者の選択権保護: 開発者が他のストアで自社アプリをより安価に提供したことを理由に不利益を与える報復行為の禁止(価格や提供条件の自由設定の容認)。
  • この法案はアプリストア市場のデュオポリ(寡占的二社独占)状態に風穴を開け、開発者がユーザーに直接リーチしやすくするとともに、最大30%にも及ぶストア手数料の削減や代替決済手段の解禁によって、消費者価格の引下げや品質向上につなげる狙いがあります。しかし、同法案は2022年時点で委員会を通過したものの連邦法としては未だ成立に至っておらず、Big Techの強力なロビー活動や安全性への懸念もあって、立法化は予断を許さない状況です。

    反トラスト法による規制

    一方、既存の独占禁止法を通じた競争促進の試みも活発化しています。2020年のEpic GamesによるApple提訴(Epic対Apple訴訟)を皮切りに、App Storeの手数料や外部決済排除が独禁法上問題視され始めました。

    2024年3月、米司法省と16州はAppleがスマートフォン市場で違法な独占を維持しているとして反トラスト法(シャーマン法)違反で提訴し、Appleが開発者に対して課す種々の制約によって「消費者の選択肢が奪われ、価格が高止まりし、イノベーションが阻害されている」と非難しています。

    さらにEpic対Google訴訟の結果、2024年10月にカリフォルニア連邦地裁が「Googleは今後3年間、Android端末で他社製アプリストアのインストールや外部課金システム利用を禁止してはならない」という画期的な命令を下しました。この裁定により、2025年からAndroid端末上でEpic Gamesストアなど競合ストアが実際に利用可能になる見通しです。

    関連する日本株銘柄一覧

    スマホソフトウェア競争促進法の施行により、アプリストアや課金方式の変革から影響を受ける可能性が高い日本企業として、以下のような銘柄が挙げられます。アプリ提供企業にとっては手数料負担の軽減や収益機会拡大、決済事業者にとっては新たなサービス提供機会などのプラス影響が期待されます。

    企業名銘柄コード主な事業内容・概要法制度との関連性・影響予測
    ミクシィ2121モバイル向けゲーム・SNS運営(代表作にスマホゲーム「モンスターストライク」)アプリストア経由のゲーム課金収入が主力。ストア手数料引下げや外部決済解禁により利益率改善の恩恵を受ける可能性がある。
    ガンホー・オンラインエンターテイメント3765モバイルゲーム開発・運営(「パズル&ドラゴンズ」等ヒット作多数)国内外のApp Store/Google Play経由売上が大部分。代替ストア解禁で配信チャネルが増えれば集客機会拡大、また自社課金誘導が可能となれば収益向上が見込まれる。
    サイバーエージェント4751インターネット広告・メディア事業、スマホゲーム事業(子会社Cygamesで「ウマ娘」など展開)スマホゲーム事業でプラットフォーム手数料を多額に支払っている。規制により開発会社の交渉力向上や手数料負担減が期待され、ゲーム収益の底上げ要因となる可能性。
    ディー・エヌ・エー (DeNA)2432モバイルゲーム・スポーツ事業他(モバゲーなどプラットフォーム運営の実績)自社プラットフォームでのゲーム配信経験を持つ。外部ストア参入の余地拡大により、独自のアプリストア運営や課金プラットフォーム展開など新ビジネス機会が生まれる可能性がある。
    GameWith6552メディア事業のゲーム情報サイト「GameWith」(ゲーム攻略情報、ゲーム紹介、NFTゲーム制作&情報、新作ゲームのレビュー、動画配信、ユーザー交流コミュニティ機能)を運営2024年9月、多様な総合決済プラットフォームを提供する決済事業を有する株式会社デジタルガレージと
    アプリ外課金事業の共同推進に向けた戦略的パートナーシップに基本合意
    コロプラ3668スマートフォンゲーム専業(「白猫プロジェクト」等)ビジネスの大半がスマホゲームアプリ収益。法施行で開発者の収益取り分増大が期待され、長期的に開発投資の拡大や新規タイトル創出に積極化する追い風となり得る。
    KDDI9433電気通信(au携帯キャリア)。関連サービスに「au Pay」等フィンテック事業ありキャリア決済独自アプリストア(Android向け「au Market」)を展開。iOSで外部決済やストアが解禁されれば、自社決済サービスの利用拡大や、キャリア主導のアプリ流通ビジネス強化のチャンスとなる。
    楽天グループ4755EC(楽天市場)やFintech(楽天カード・Pay)、携帯キャリア(楽天モバイル)など多角事業自社の**決済サービス(楽天ペイ等)**やコンテンツ配信基盤を保有。法施行に伴い、例えばiOS端末で楽天の電子マネー・ポイントを活用した決済が容易になるなど、プラットフォーム依存低減によるサービス拡充メリットが考えられる。
    メルカリ4385フリマアプリ最大手。スマホ特化のCtoCマーケットプレイス事業ユーザーのほとんどがスマホアプリ経由。現状でも実物商品の売買は独自決済(メルペイ等)を利用。今後もプラットフォーム規制強化で新規サービス参入障壁が下がる恩恵を受け、同社のようなスマホ発のスタートアップに有利な市場環境になると期待される。
    GMOペイメントゲートウェイ3769オンライン決済代行サービス(クレジットカード等決済インフラ提供)アプリ内での外部決済解禁により、決済代行ニーズが拡大する可能性。開発者がApp内に自社サイト経由の決済手段を組み込む際、同社のような決済プロバイダーのサービス採用が増加すると見込まれる。

    市場展望と考察

    各社とも、スマホプラットフォームのルール変更によるリスク・チャンスを注視しており、特にアプリ事業者にとっては**「選択肢の拡大=ビジネス機会の拡大」**につながる点でプラスの影響が大きいと考えられます。ただし、一方で競争環境の変化に伴い新規参入者が増えることや、端末セキュリティ要件への対応コストなど留意すべき点もあり、今後の施行細則や市場動向を踏まえて各企業の戦略修正が求められるでしょう。

    日本と米国の両国で進みつつあるスマホOS・アプリストアの競争制限的な慣行にメスを入れる法整備は、AppleやGoogleのエコシステムの閉鎖性を緩和し、アプリ流通や課金方法の選択肢を広げることを目指しています。これは欧州連合のデジタル市場法(DMA)の流れにも沿った、グローバルな潮流となっています。

    投資家としては、本法の施行によってモバイルアプリビジネスの収益性向上が期待できる企業や、新たに開放されるエコシステムでビジネスチャンスを獲得できる企業に注目することが重要です。

    関連銘柄:GameWith